何年ぶりでしょう

今日の歩数・・・9351歩

今朝の血圧・・・143―87

今夜の血圧・・・101―63

何年ぶりの再会でしょう

アナウンサー養成所の後輩で、元落語家をしていたN君と飲みました

学生時代はアナウンサー
を目指し、地方局が春夏の甲子園
取材に来阪すると、取材クルーのアルバイトとして重宝されていました
芸能界入りは、漫才の上方よしお師匠に弟子入りしたのが最初でしたが、その後 落語家を目指し笑福亭松鶴師匠に入門を許されました

彼は、A級ライセンスを持つプロドライバーでも有り、鈴鹿でF1があるときはマーシャルを務めていました

松鶴師匠は自分では運転せずに弟子がハンドルを握り、後ろの座席から『前の車、抜け』と命令します

松鶴師匠は大変なイラチで、少しでも他の車に抜かれると雷が落ちるのだそうです

彼が入門して運転手をする様になってから、松鶴師匠のスピード狂にますます磨きがかかったらしいです

年季が明けてから、テレビ番組の企画で九州の漁師さん宅で寝泊まりして、その様子をレポートしていたのが印象的です

彼の結婚式は、そのテレビ番組のプロデューサーが仲人で、一門の筆頭弟子の仁鶴師匠や咄家仲間が大勢出席していました

そんな大勢の落語家さんの居る前で『先輩としてスピーチ』を頼まれ、緊張したのを覚えています

大胆にも少々ネタを仕込み、落語家さん~特に仁鶴師匠にウケたのが嬉しかった記憶があります

残念ながら、10年ほど前に落語家を廃業してしまい『どうしているのだろう』と気になっていました

ある時、駅のホームでバッタリ出逢った事が在り、廃業の理由を尋ねました

彼曰く、『落語家を数年やっていると自分の実力が判り、落語家としての将来が見えてしまったんです』と寂しそうに言うのでした

気楽そうに思われる落語家ですが、伝統芸能の重圧と高い壁に挫折をしたのでしょうか

僕は、落語家の全員が『米朝』『松鶴』になる必要は無いと思いますし、それぞれの個性を伸ばして行くべきだと思います

彼が、面白いキャラクターを生かした落語家になれば楽しかったのになぁ~と残念に思うのですが、彼は『落語以外にやりたい事が見つかった』と言いますから、それはそれで良かったのでしょう

何はともあれ、元気で変わらない様子に安堵したのでした

写真は、居酒屋とバー

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