貰い損ねた人生初の表彰状
今日の歩数……7465歩

今朝の血圧……150―90

今夜の血圧……138―72

我が家の姉は、誕生日が2回あります

戸籍上の誕生日は、昭和23年4月1日で、本当に産まれたのは昭和23年3月28日なのです

3月28日に産声を上げた姉は、小さな赤ちゃん
だったそうです
前年の4月に生まれた近所の子供は、既にヨチヨチ歩きをしています

あの子達と一緒に小学校
に行くのかと思うと、我が両親は不憫に思い誕生日を4月にズラして、小学校に上がるのを1年遅らせる積もりだった様です
今では、そんな事は許される訳がありませんが、戦後間もない昭和23年の和歌山の片田舎の役場では通ったのです

それどころか、顔見知りの役場の戸籍係の担当者が『4月1日生まれで出生届を出せば、小学校に上がるのは1年遅れる』と知恵を授けてくれたと言います

しかし、この戸籍係の知恵は中途半端なモノでした

4月1日生まれは『早生まれ』になるという事を知らなかったのです

学校教育法・第一七条では『保護者は、子の満六歳に達した日に~』と『満』が付いている事に注目です

何気なく使っていて、実年齢と同じだと認識している『満○○歳』ですが、『満○○歳』は何かという事を定義する『年齢計算ニ関スル法律』では、誕生した日を1日目として起算するため、『誕生日の前日』に『満○○歳』となってしまうのです

つまり、昭和23年4月1日生まれの姉は「昭和29年3月31日をもって満6歳」になり、昭和29年4月1日から小学校へ入学となったのです

一説には、この法律『2月29日生まれ』の人の、救済措置の法律だそうです

因みに、件の戸籍係さんは我が家にもう一つ間違いを教えます

僕が生まれた時は、姉と違って大きな赤ちゃん
で、誰もが『健康優良児間違い無し』と太鼓判を押す程でした
町だか郡だか県だかの『健康優良児大会』でも、『優勝の大本命』と期待されていたのです

件の戸籍係は、わざわざ我が家まで『健康優良児大会の日程が変更になりました』と知らせに来てくれて、『優勝間違い無いから、必ず出場して下さい。村も期待しています』と激励してくれたと言います

ところが、母親が期待に胸膨らませて言われた日に行くと既に大会は前日に終わっていて、保健婦さんに『昨日、待ってたのに~』と、残念がられたいうのです

戸籍係が、わざわざ間違った日程を教えに来たのです

今なら大問題になっているでしょうが、昭和20年代は何事にものんびりとユル~イ時代だったのでしょうねぇ

そのセイで、僕は人生最初の表彰状を貰い損ねてしまったのでした

写真は、健康優良児表彰を貰い損ねた生後10ヶ月ぐらいの僕(ボールを離すと後へ倒れたらしい~です)

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