サヨナラ弁天寄席

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今日の歩数……11658歩
今朝の血圧……134―92
今夜の血圧……118―68
今日は月に一度の『弁天寄席』でした
第1回の開催が、平成6年11月13日と記録が有ります
あれから四半世紀近くに渡って続けて来た弁天寄席ですが、今夜の第279回をもって終了する事になってしまいました
橋下徹さんが知事や市長だった時代に、センチュリー交響楽団や文楽協会等々の文化事業への援助を打ち切り、上方演芸資料館などを大幅に縮小したり廃止したりの大改革をやりました
その一連の流れで『弁天町市民学習センター』の運営も、大阪市から民間に移っていたのですが、大阪市から受け継いだアメリカの投資会社フォートレス・インベストメント・グループが3月いっぱいでカルチャー部門を閉鎖する事にしたのです
橋下さんの施策には賛否両論~功罪両面あったと思うのですが、平成5年にオープンして以来『弁天町市民学習センター』で活動を行って来た団体や、生涯学習の場として利用して来た方々にとっては、何とも残念な結果となってしまいました

さて最後の弁天寄席は、笑福亭學光さんと旭堂南鱗さんのレギュラーメンバーに加え、噺家さんを中心に結成した阿波踊りの『はなし家連』のメンバーが集合して賑やかなフィナーレになりました
実は、はなし家連の連長は學光さん、副連長は南鱗さんなのです
参加してくれたメンバーは、笑福亭伯枝・桂文昇・笑福亭恭瓶・林家竹丸・桂三丿助・林家笑丸の皆さんでした
そう言えば、昨年末に亡くなった笑福亭仁勇さん、今年1月に亡くなった桂福車さんも『はなし家連』の主要メンバーでした
さらに楽屋には、笑福亭仁昇さん笑福亭喬楽さん、三金さんのお弟子さんの桂笑金さんと南鱗さんのお弟子さん旭堂林鱗さんもお手伝いに来てくれて大賑わいでした
月に一度の弁天寄席で、何人もの噺家さんや漫才コンビや芸人さんと知り合いになれ、演芸担当のプロデューサーとしては大きな財産になりました
リタイアを機に、演芸担当の後輩社員に引き継いだのですが、引き継いだからには現場に顔を出さないのが先輩のマナーです
何故なら、古株が現場に顔を出すと、新任の担当者がやり難いのです
芸人さんは、どうしても新任の担当者よりも顔馴染みの古株に話し掛け、頼りにして来ます
これは僕自身の経験上からも学習した事で、後輩達の為を思って現場には行かないでいました
ところが数年後、學光さん南鱗さんに聞くと『会社からは、もう誰も来ていない』と言うのでビックリしたのです
せっかく関西演芸界の人脈を拡げるチャンスを放棄するとは、何とも勿体無い話では有りませんか
これは個人的にも会社的にも、損失は大きいと思うのです
そんな事になっているなら、古巣にも後輩にも遠慮する必要は無い~と、再び弁天寄席に立ち合うようになったのです
そんな想い出深い弁天寄席とも、今日でお別れです
出演者や裏方さん等、勢揃いの打ち上げは楽しい反面、寂しさも有ります
乾杯の発声は、涙を隠して未来に希望を持たせてさせて戴きました

写真は、全員集合と太鼓を打つ笑金さんと林鱗さん、笛はNHKの朝の連続テレビ小説で『後ろ面』の指導をした笑丸さん

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