上方落語の最後の偉人が

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今日の歩数・・・4896歩
今朝の血圧・・・145―86
今夜の血圧・・・122―71
昨夜の、先輩と年上の後輩の笑福亭仁扇さんとの3人の飲み会がお開きになって、店の外へ出た途端に仁扇さんの携帯が鳴りだしました
長い電話でしたが、様子からして何方かがお亡くなりになった様子です

僕『ご不幸があったんですか?』
仁『実は、松之助師匠が亡くなったんやぁ』
僕『そうでしたかぁ~もう90歳を越えていらっしゃいますよねぇ~明日の朝刊に載りますねぇ』
仁『いや、まだ身内だけへの連絡で内緒になってるらしい~明後日の日曜日の朝刊で解禁になるそうやから、それまで内緒にしといてね』
僕『分かりました』

皆さんと再会を約束して、帰りの電車の中でネットニュースを見ると『落語家の笑福亭松之助さん死去』と報じられているでは有りませんか

仁扇さんにメールで『既に、Yahoo!ニュースに出てますよぉ』と送ると、『何が内緒やねん』と、ボヤキのメールが返って来ました

僕の子供の頃の記憶では、松之助さんは落語家さんと言うよりもテレビに出ている喜劇役者~という印象が強いのです
桂米朝師匠とは同い年で、飄々とした語り口でしたが、松之助師匠の落語を聞いたのは『始末の極意』ぐらいしか記憶に無いのです
落語家や喜劇役者としての顔の他に、新作落語や吉本新喜劇の台本まで書いて、作家としても活躍していらっしゃったのですねぇ
あの立川談志さんが、松之助師匠の落語を評価しています

弟子の明石家さんまさんのタレント性を見抜き、『笑福亭』の屋号では無く、ご自身の本名から取った『明石家』の屋号を付けたのは有名な話です
それまで毎日の様に飲んでいたお酒を、50歳を機にピタリと止め、趣味の水泳に のめり込みマスターズ水泳で何度も表彰台に上がっています

好きだったお酒を、50歳を機に止める~なんて、よほど意思の強い方だったのだと思います
上方落語界の最長老、松之助師匠の逝去で、戦後の滅亡の危機に陥った上方落語を支えた最後の『上方落語界の偉人』が居なくなりました
合掌

写真は、笑福亭松之助師匠

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