辛く悲しい、岡山往復日帰り旅

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今日の歩数……12053歩
今朝の血圧……130―86
今夜の血圧……134―85
今日は、岡山へ日帰りで行って来ました
徳島の高校で出会い、京都の同じ大学に進学し、進学を機に家族ともども関西に居を移して徳島とは縁が切れてしまった~という共通項が有りました
もう1つの共通項は、僕が中学時代にブラスバンド部で担当していたユーホニュームと言う金管楽器を、彼は出逢った高校の吹奏楽部で吹いていました
ご両親も大柄でしたが、彼も『気は優しくて力持ち』で、大きな身体には似付かわしく無い穏やかで優しい性格でした
大学入学の間もない頃、彼が真剣な表情で頼み事をして来ました
それは、恵まれた体躯から、キャンパスを歩いているだけで相撲部や柔道部、果てはレスリング部などからの勧誘が引っ切り無しで困っていると言うのです
今から思えば『入部の意思無し』とハッキリ断れば済みそうなモノですが、徳島の田舎から出て来たばかりの純情な若者には、屈強な運動部の上級生からの勧誘は『恫喝』にすら感じたのです
そこで、僕が入学式当日にクラブBOXの扉を叩いて早々と入部していた『放送局に入部している事にして欲しい』という頼みだったのです
確か、彼を連れて放送局の上級生の局長に『嫌がる新入生を無理やり勧誘するのは、大学のクラブの在り方として問題だと思う』と、報道番組でキャンペーンを張る切っ掛けになった様な気がします
大学卒業後は、彼は伏見の大手酒造メーカーに、僕は広島のローカル放送局に就職したのでした
2年後に大阪のラジオ局にデューダして、再会を祝して久し振りに一緒に飲んだ彼は、酒造メーカーの1人前の営業マンとして、その恵まれた身体以上に一回りも二回りも頼もしくなっていました
僕と来たら、広島の2年間で体重は5キロも落ちてガリガリのヒョロヒョロで、社会人3年目で有りながらデューダした会社では1年目のペーペーの新米アナウンサーで、余計に彼が大きく見えたのでした
彼の結婚にも、僕が大きく関わりました
当時住んでいた団地の、お向いの奥さんが『私の友達に独身の女性が居るのだけれど、誰か良い人居ませんか?』と言われ、即座に彼を思い出し紹介してトントン拍子にゴールインしたのです
残念ながら転勤先の岡山へ引っ越してから縁遠くなって、その後身体を壊して長い療養生活が続いていました
高校時代の仲の良かった友人達3人で、『岡山まで御見舞に行こう』と言いながら、3人のスケジュールが合わずにいるまま、去年の暮れに奥様からの喪中ハガキが届いたのでした
逢える時に逢っておかなければと悔やんでも、今となっては後の祭りです
せめて墓参りでも~と、徳島の友人達とスケジュールを合わせて行って来たのでした
徳島からの2人はマイカーで、僕は新幹線で岡山入りして岡山駅で合流しました
本来、新幹線の旅は心ウキウキと愉しい筈ですが、何とも辛く悲しい新幹線行でした
無事に徳島組と合流し、ご自宅を訪問です
奥様とは、お二人の結婚式以来40年近くの御無沙汰でした
仏壇に、早く来れなかった事を詫び、墓地霊園では想い出話で昔を懐かしみました
墓地霊園からの帰りに、ポツポツと雨が落ち出し、彼の涙雨なのかも分かりません
せめてもの救いは、彼がご両親を見送って、孫2人の顔を見てから旅立ったとの話に、ホンの少しだけ安堵したのでした

写真は、新幹線と岡山駅の桃太郎像

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